Entrepreneurshipのさまざまな教え方

Sdscn3742今日は朝からランチを挟んで夜6時まで、3本のケースを含む5つのセッションが続き、かなり疲れました。が、非常に面白かったです。左の写真は、3番目のセッションの後で参加者の質疑に答えている、IESEのJulia Prats教授。この後、私も彼女のセッションについて少し質問をさせてもらいました。

さて、今日の5つのセッションは、次のような構成でした(各セッションのタイトルは、私が勝手に付けたものです):

1.International Entrepreneurshipを教える (1)ケースリードの基本
 講師:Prof. Walter Kuemmerle(HBS) ケース:Georgian Grass of Mineral Water

2.International Entrepreneurshipを教える (2)選択科目のプロモーション
 講師:Prof. Mukti Khaire(HBS) ケース:Globetrotters: Online Travel Agencies in U.S.A, India, China

3.Entrepreneurship領域において、研究と教育を結びつける
 講師:Julia Prats(IESE) リーディング:'Growing Challenges' - Teaching Note

4.International Entrepreneurshipを教える (3)成長企業のカオスの理解
 講師:Walter Kuemmerle(HBS) ケース:International Securities, Inc.

5.ポーランドの著名起業家、Graham Webb(プロ向けヘアケア製品で世界トップのブランドの創業者)のスピーチ

どれも興味深い内容でしたが、特に面白かった1.2.3.について少し感想メモを書いておこうと思います。

1.のケースは、Walter教授が「Long lasting case」と自賛していましたが、確かに非常に良くできたケースでした。参加していた教授の中にも、自分の教えているEntrepreneurshipのコースの最初にこのケースを使っている、という人がいました。

ケースの舞台は2000年のグルジアで、旧ソ連領内ではコカコーラよりも有名な「ボルジョミ」という伝説の泉の水を売るベンチャーを設立した企業に、フランス人の途上国ビジネスのプロがCEOとして雇われる、という話です。すごいブランドのある有望なベンチャーだと思ってきてみたら、工場設備はボロボロでしかもグルジア政府の所有(財産権があいまい)、毎日のように国営企業時代の債権者(と称する地元のマフィア)がカネをたかりに来るわ、従業員はマネジメントの目を盗んで商品や燃料などを盗むわ、ロシア国内では急速に偽物が出回り始めるわ、グルジア政府もなぜか独占使用権を認めていたはずの泉の水とそのブランドを(政府関係者にごねた)他の業者にも利用させる始末。しかも冬にはロシア向けの輸送コストがなぜか4倍に跳ね上がるという、いろいろ頭痛のネタが絶えない状況で、各種の対応に必要な資金をいくつかある金融機関のどこから調達すべきか?というテーマのケースです。

セッションは、Walter教授がケースプレゼンをしながら、途中で止めて「ここで何を学ばせるか、そのためにどうしてこういうファシリテーションをするのか」といった解説や質疑応答を入れながら進めるという、「ケースの議論」「ケースから学ぶことの議論」「学ばせるための方法論の議論」という3つのレイヤーがかわるがわる論点になるという非常にややこしい方法で展開されましたが、さすがWalter教授、すごく分かりやすかったです。

このセッションでの私にとってのTake awayは、2つめのレイヤーの話で、International Entrepreneurship(というかEntrepreneurship)のLPとして、「どんなに情報が不足していても、さまざまな仮定を置きながら投資とリターンの定量的評価はしなければならない」というものがあることでした。市場機会の判断から企業価値算定まで、近隣諸国やそこでの類似企業を用いたcountry contextの分析が重要なカギを持つ、ということです。

特にこの手の低開発国のビジネスにおいて問題となる政府の汚職について、「それ(汚職に対してカネで解決しようとすること)が良いか悪いかといった倫理的な議論は、起業家の視点からは意味をなさない。汚職も市場機会の大小を定義する1つの要素に過ぎないからだ」というWalter教授のコメントは、(例によって参加者同士の議論も引き起こしていましたが)汚職を正面から取り上げることのほとんどない我々にとって、日本以外のアジア諸国へビジネスを持っていこうとする学生にとって重要な示唆になり得ると思いました。

2.は、グロービスのケースも書いたMukti Khaire教授による、HBSのIEの最初の講義の再現です。HBSでは2年次選択科目の最初の講義は、どの科目に登録するか品定めする学生に公開される「デモンストレーション」です。なので、たった2〜3ページで簡単に読めて討論に参加でき、しかもその科目の全体像と奥行きが分かるケースを用意しなければなりません。

「Globetrotters(世界を旅する人)」というタイトルのこのケースは、まさにIEのイントロダクションにふさわしいケースで、米国、インド、中国の3つの国のネット旅行代理店(OTA)がいくつか紹介され、「なぜ世界のOTAは単一の巨大なExpedia(米国最大のOTA)に集約されないのでしょうか」という設問だけが付いています。

参加者は最初、思いつく設問の答えを言いながらも、「そもそもこの設問自体がおかしいのでは?『単一の巨大なOTA』とは、U/Iレベルのことを言っているのか、それとも消費者と旅行商品と決済システムとをマッチングさせるDBシステムのことを言っているのか?」「Expediaは既に米国以外の2つの国の2位以下のOTAを買収している。つまり資本の論理で言えば既に『単一の巨大なExpedia』は出現し始めているとも言えるが、ここではExpediaはなぜ各国の1位の企業を買収できないのかという問いに答えないといけないのか?」などと考え始めます。そして、全員がだんだん議論の論点が定まっていないことに不安を感じ始めます。

Mukti教授はそこで議論を止め、こう問いかけます。「今の議論から、何が分かりましたか?」 そう、世界は単一の巨大なExpediaの支配する市場ではない。そのこと自体は、ケースを読めば分かる話。でも、それにはさまざまなレベルの「理由」がある。国ごとに文化やインフラ普及の度合い、政府の規制などの表面的な部分から、そこで産業が持ちうる競争優位性のバリエーションとその源泉、そしてそこでの起業家の果たす役割と価値評価など、多くの理由で「世界は単一ののっぺりした場所ではない」。だから、あなたがた学生にはまだまだいくらでも起業の可能性がある。Mukti教授は、リーマンショックの後で投資銀行やコンサルファームなどの就職先を失って呆然としているMBA学生たちに向かって、そう呼びかけたのだそうです。

私にとってのTake awayは、「クラスにおいて論点をありったけ広げるためだけにケースを用いる」という使い方を、初めて見たということです。まさにGlobetrottersというタイトルの通り、ケース・ディスカッションを通してさまざまなお国柄・企業のありさま・起業家の思いといったものが、クラス中からわーっと出てきて、それを聞いているだけで起業家として世界中を旅している気持ちになります(笑)。カギは、クラス内にそれだけの国際的な多様性を引き出せる人がいること、それを(特にケース議論の解題から)うまく引き出し、「世界にはまだまだたくさんのチャンスがある、あなた方が起業家としてそのチャンスを掴むことができる」というメッセージにどうつなげられるかというところでしょう。

ちなみにそれについて、クラス内で「どのようにして学生の持つcontextをクラス内で引き出すのか」とMukti教授に質問してみましたが、あまり明確な答えは返ってきませんでした。

3.は、私を今回のカンファレンスに参加させてくれたIESEのJulia Prats教授のセッションで、ケースではなく彼女がこの5年間にわたって(EECのために)開発してきた、IESEの新たなEntrepreneurship系科目「Growing Ventures」のコンセプト、そしてその研究のプロセスについて解説・紹介するというものです。

HBSのWalter/Mukti両教授の、非常に「経営戦略」的なアプローチ(International Business、Entrepreneurshipの両方のこれまでの研究のパラダイムフレームワークから、IEの理論的仮説を編み出してそれを膨大なケースリサーチによって検証していく)に対して、Juliaのアプローチは「死にかけているベンチャーに対してEntrepreneurはどのようなアプローチを取るのか、それはなぜか?」というシンプルな問いを立て、それを10人以上のEntrepreneurにインタビューしていくことで明らかにしようとするものでした。

インタビューから明らかになった、「再起できるベンチャーの条件や再起のプロセス」みたいなエッセンスはあるのですが、Walter教授のスタンスとは違って帰納的に導かれた法則なので、聞けば「そうだね」とは思うものの、これまでさんざん言われてきた「Entrepreneurとはかくあるべし」みたいな教訓話と何が違うのかあまり分からない内容でした。

しかしもちろん、このセッションの良さはそういうエッセンスの理論的厳密性にではなく、実際に彼女とアシスタントのリサーチスタッフとがインタビューした起業家たちの迷い、苦しみ、決断、喜びのありさまにあります。このプログラムは、長いケースを読んでこないMBA学生のために、エッセンスだけを書いた短いケースと、そこで起業家がどんな思いで何を考え、決断を下したのかを説明したBケースと、その本人のインタビュービデオという教材構成になっていて、まるで「プロジェクトX」の参加型討論番組を22回繰り返して受けられるクラスのような仕立てです。これは楽しそうだなと思いました。

ビジネスプランや資本調達計画を立てさせるのではなく、転んでも転んでも立ち上がり続ける起業家のメンタリティを学生に感じさせようとする彼女のアプローチは、Gのカリキュラムで言うと「ベンチャー・マネジメント(VTM)」に似ています。セッションの後、彼女のところに行き、Gの創造系のカリキュラム構成を簡単に説明した上で、「IESEのEntrepreneurship領域はどのようなカリキュラム構成になっていて、その中でこのGrowing Venturesはどういう位置づけで導入されたの?」と聞いてみましたが、「もともとはビジネスプランを立てさせる科目の中に、こうした起業家の生き方、パーソナリティに関するセッションも入れてあったが、今回それを1つの科目として独立させ、ビジネスプラン作成とは別にした」との答えが返ってきました。

ちなみにIESEのこのGrowing Venturesでは、22回のセッションの裏側に、IESEがアレンジしたいくつかのベンチャー企業の経営者へのインタビューやリサーチというフィールドワークのプロジェクトが走るそうで、リサーチスタッフのMarcは「そのリサーチの中でまた新しい発見がいろいろあり、それを元に作った教材を翌年のコースにまた追加する」と話していました。まさに今、我々がEBZで試みているのと同じアプローチです。

ただ、この方法(クラス内で学生にやらせるフィールドスタディを、教材開発の場としても位置づける)は、Growing Venturesという科目が年1回しか開講しないフルタイムMBAにおける科目であることや、教鞭を執るJulia教授に加えて、調査対象のベンチャー企業の探索・アレンジにかかわる専任のリサーチスタッフが配置されているといった、Gにはないさまざまな要件があってこそ成り立つ仕組みでもあると感じました。

なお、最後の4.のセッションでは「日本人のように、それなりによくできるのに授業中まったく発言しない学生に、どうやってクラスへ参加を促せば良いか」というテーマでのディスカッションがあり、私が「えーと、毎日日本人学生だけを教えている者ですが…」と前置きしたら、なぜか大爆笑が取れました(笑)。ケースセッションで発言はこれまでにも何度もしていますが、大受けが取れたのは初めてです。その後、あちこちで「さっき面白いこと言った日本人だね?」といろんな人に声をかけられて、夕食などで会話が弾みました。

以上、今日の感想と報告でした。