Entrepreneurshipのケースを作る

SshinimuktiEECには欧州各国のBSの教授が参加しています。今年は16カ国40人弱、とききました。ただ、今年はポーランドでの開催ということもあり、メンバーは東欧・南欧からの人が多いです。最大グループはマケドニアで、その他チェコスロヴェニアリトアニア、ロシア、トルコ、カザフスタンなどから来た人もいます。そのほか、私ともう1人シンガポールの南洋大(NanYang)から副学部長なるお偉いさんとが、アジアからの参加者。また欧州以外ということだと、HBSのWalter教授とのつながりで、NYのFordham大学というところから、学部長と事務局長さんの2人も参加されてました。右の写真は、そのナンヤン大の先生と、HBSのMukti教授との3人で撮ったものです。

さて3日目の今日は、午前中に3つのケース・セッションがあり、午後は3つのプレゼンを聴くという、非常にタイトな内容でした。以下に構成を書いておきます。

1.International Entrepreneurshipを教える (3)ディスカッションのコントロール
 講師:Prof. Mukti Khaire(HBS) ケース:Zotter: Living By Chocolate

2.サービス企業のInternationalization
 講師:Julia Prats(IESE) ケース:BrapoTech

3.International Entrepreneurshipを教える (4)シニア・エグゼクティブとEntrepreneurship
 講師:Walter Kuemmerle(HBS) ケース:Singulus

4.International Entrepreneurshipのシラバスをつくる
 講師:Sean Patrick Saßmannshausen(Wüppertal Univ.)

5.低シレジア地方の地域開発:ヴロツワフリサーチセンター(EIT)の役割
 講師:Milosław Miller(EIT)

6.Entrepreneurshipとベンチャーキャピタルを教える際の注意
 講師:Franklin Pitch Johnson(Venture capitalist、Stanford BS)

それぞれの内容について、感じたことをメモしておきたいと思います。

1.のセッションは、オーストリアのJosef Zotterという天才ショコラティエ(チョコレート職人)が興した、奇妙なチョコレートを作るベンチャーのケースです。ケース自体はとても面白く、これまでミルク・ホワイト・ダークの3種類しかなかったチョコレートにドライフルーツの粉や唐辛子粉、ケチャップなどを混ぜて新しいカテゴリのチョコを作り、カカオを遠心分離器にかけたり、フェアトレードのカカオしか使わなかったり、空気が暖かくなってチョコが溶ける7〜8月は生産を停止してしまったりする頭のイカレた人なのですが、世界で最もチョコの消費が多い(国民1人当たり年10kg)ドイツとオーストリアで、ハイエンドにもかかわらずチョコレート市場の5%近いシェアを取った。さて、Zotterはどうやってグローバル化すべきでしょうか、という内容です。ケースは非常に新しく、リリースは2010年4月です。

ケースセッションの前にMukti教授が話してくれたのですが、このケースは学生とともに書かれたケースで、クレジットのところにZotterの甥のHBS生の名前が書かれていました。彼女曰く、「HBSでは教授のアポインティーで、良いネタを持った学生を指名してケースライティングプロジェクトをさせることができる。その場合、学生は単位を得られる代わりに、ハードなリサーチワークを教授やリサーチスタッフと一緒にやらなければならない。ただ、学生にとってはHBSのケースのクレジットに自分の名前を残せるという名誉を得られるため、喜んで協力する場合が多い」とのこと。

HBSの科目リストに「ケースリサーチ/ライティング」という科目がないにもかかわらず、堀さんはじめ「HBSでケースライティングをやったよ」という人があちこちにいるのはどうしてなのかと思っていましたが、こういう理由だったのかと、初めて分かりました(笑)。確かに、入試の時のエッセイを読んでいると「この人のケースを書いたら面白いだろうな」と思う人がいるのですが、HBSはやはりそういう学生にちゃんとつばを付けておいて「一緒にケース書かない?単位になるよ」と一本釣りする仕組みを持っているのですね。

ケースセッションの方は、最初にZotterのビジネスシステムを整理したうえで、「Should Zotter be global?」というMukti教授の質問を皮切りに、参加者同士の大バトルが開始。不肖川上も米国の教授の「彼はアーティストだから、自分の作品の品質を維持することのほうがグローバル化より大事だ」という意見に対して、「アーティストっていうのは自分と自分の作品のことをより多くの人に認めてもらいたがっているものだ。今グローバル展開しなければ、日本や中国にZotterの偽物が次々現れるだろう。それならば彼の考える『チョコレートとはこういうものだ』という価値を示すために、積極的にグローバル展開すべきじゃないか」と、猛然と食ってかかってみました。反論される前に、ロシアの教授が「グローバル化するのとしないのとで、どちらにどんなメリットとデメリットがあるのか、定量的な分析もしてから決めた方が良い」と、なんだかよく分からない引き取り方をされて、バトルは終わってしまいましたが。

その後、「クラス内でどう白熱した議論を引き起こすか」「学生同士の議論が白熱した際に、それをどうコントロールすべきか」という話になりました。Mukti教授は沸騰する議論の中でもかなりしっかり発言者をコントロールしており、議論を引き取ったあとのまとめも割と穏便なものだったため、「きちんと議論をコントロールする」「話が逸れ始めたなと思ったら、勇気を持って講師自身も議論にjump-inする」「最後に示す妥当な結論を用意しておく」といった話には、誰も反論できませんでした。が、参加者からは「そもそもどうやって議論させるか分からない」といった声も出ており、個人的にはHBSとそれ以外の大学のケースメソッドの力量の圧倒的な差を感じさせるセッションでした。

ちなみにZotterは、自身は革新的なチョコレート作りだけに専念して経営やグローバル展開を誰かに任せれば良かったものを、経営自体も彼が握っているため、オーガニックやフェアトレードといった自然回帰思想にこだわりすぎ、なんと本社の近くに動物園を作ってしまったそうです。その動物園では、飼っている動物の肉をその場で食べられるようになっているとのことで、つまり「自然に育ち、自然から得たものだけを食べよう」というZotterの思想を体現する場所となっているとのこと。後日談を聞いた参加者たちは、みんなずっこけていました。

2.のセッションは、ポルトガルのモバイルサービスソフトウェアの会社のケースを使って、サービス企業がグローバル化するにはどうしたらよいかというテーマの議論をしました。

このケースは、昨日も書いたIESEの「Growing ventures」というコースの中で使われる「フォーカスケース」と呼ばれるショートケースで、ディスカッションが40分、レクチャーが10分、その後ビデオを見たり後日談ケースなどを読んで20分ほど使うという設計のケースですが、正直言って私には簡単すぎで、あまり使えそうもありませんでした。

このソフトウェア会社は、ITサービスとモバイルソリューションベンダーの2つの顔を持っており、グローバル化(つまり規模化)できるのはソリューションベンダーの方だけです。なので、何やらボードメンバーが「一番シェアの大きい業界向けサービスに注力するべき」とかアドバイスしたとか書いてあるので惑わされますが、冷静に考えれば業界云々ではなく「モバイルソリューション」に徹して規模化し、個別の企業向けのサービスが賄い切れないのであれば代理店を使うなどすれば良いとすぐに分かってしまいます。

セッションの後で、Julia教授に「Growing venturesは短いケースだけで構成されているんですか?」と聞いたら、「そんなことはない。短いケース、普通の長いケース、そしてゲストスピーカーのセッションなどを取り混ぜて、学生が飽きないようにしている」とのことでした。彼女が作ったショートケースは、確かに起業家のインタビュービデオなども付いていてビジュアルな面では面白そうなのですが、ケースそのものにあまり深みがないなあという感じがしました。

3.は、再びWalter教授のセッションで、ドイツのCD(コンパクトディスク)製造装置を作るベンチャーを買収するにあたって、ライバルの大手企業から転職してきた50歳のベンチャー企業の経営者を残すべきかどうかというケースをテーマにしたセッションでした。

参加者は皆、その経営者のことを「大企業のマネジャーを長年やってきた人に、ベンチャー企業の経営なんて無理」「仕事はしないが、役職と年金が欲しいに違いない」とか、結構ぼろくそに言うのですが、クラスの最後にその経営者のスピーチを見せられ、彼が非常に真剣に会社の将来と従業員の雇用のことを考えて意思決定しようとしていたことが分かり、「50歳でも大企業の経験が長い人であっても、アントレプレナーにはなれる」ということに気づくというクラス展開でした。ちょっとGでの使いどころが思いつきませんが、面白いケースだなと思いました。

また、ケースでシニアマネジメントの処遇について触れつつ、Walter教授は「シニアエグゼクティブをどうケースメソッドで教えるか」というのも、同時にいろいろと実演したりコツを教えてくれたりしていました。この人は本当に多芸多才な人だなあと感心しきりでした。

4.5.6.はケースセッションではなく、あまり目新しい話もなかったのですが、最後に30分だけ出てきたフランクリン・"ピッチ"・ジョンソンという人は、VCの世界ではめちゃくちゃ有名な人らしく、スタンフォード大に行ったことのある参加者が「え?あの、建物に名前が書いてあるピッチ・ジョンソン?!」と、激しく動揺してました(笑)。彼の話はなかなか含蓄があり、「ベンチャーファイナンスについて教える時には、必ずethicalな問いをクラス内で1つ、学生に問いかけるべきである」といったアドバイスを話していました。