IESEマドリッド・キャンパス訪問記

IESEマドリッドキャンパスのファサード(正面入口)
前のエントリで書いたとおり、今日は加瀬公夫先生(元グロービス講師)にお会いしに、IESEのマドリッド・キャンパスに行って参りました。13時半に待ち合わせということでしたが、ホテルの近くでつかまえた最初のタクシーが全然道を知らない運転手だったので、降りて別のタクシーに乗り換えたために10分ほど遅れてキャンパスに到着。加瀬先生がロータリーで待ってくださっていました。

タクシーの運転手さんにお金を払い、お礼を言って車を降りると、加瀬先生が開口一番「川上さん、スペイン語使えるんだ?」。実はアポの確認メールへのお返事に、(ぺらぺらの加瀬先生に書くのはちょっと恥ずかしかったのですが)4行ほどスペイン語でメールを書いてみたのでした。それにびっくりされたご様子。

「4月から2ヶ月弱勉強しただけです」と答えると、「2ヶ月であれはすごいよ。大したもんだ」と褒められました。どうせ会話では全然使えないと分かっていても、相手の第一印象を良くするために「現地語で話してみせる」ことは大切ですよね。

IESEはバルセロナにある学校だと思っていたので、マドリッドマーケティングなどオフィス機能が中心なのかと思っていたのですが、大きな勘違いでした。加瀬先生曰く、「校舎の規模はバルセロナの半分ですが、売上ベースではたぶんマドリッドがIESEの半分ぐらいを占めていると思います」とのこと。実は、スペイン国内の企業向け研修やスペイン人向けが中心のパートタイムプログラム(各種EMBA)は、マドリッドで行われているのです。

これに対してバルセロナは2年制のフルタイムMBAや世界各国のビジネススクールと提携して行われているグローバルEMBAなど、海外からの人材向けのキャンパスとなっています。なるほど、うまい使い分け方だと思いました。スペイン人にとっては、やはり首都マドリッドのほうが格が高いわけですが、海外の人から見たときにはバルセロナのほうがリゾート地でもあり魅力がある。そのギャップを、IESEもうまく利用しているわけです。

マドリッド・キャンパスは、マドリッド西部のCasa de Campoという巨大な自然公園の北にあります(リンク先のGoogleMap内の「A」と書かれたところです)。昨日エル・エスコリアルに行く時に行ったバスターミナルのある「モンクロア」から少し西に行き、M500という高速道路を北西にぶっ飛ばすと、道路の横に突然「IESE」と標識が立っている脇道があります。そこがキャンパスの入口です。

灌木の並木道の間を抜けていくと、正面上部がガラス張りの四角い校舎が見えてきます。きれいなロータリーから花壇の中の石畳の道を上っていくと、校舎正面。こぢんまりしたきれいな建物でした。10年ほど前にキャンパスができた時には、現国王フアン・カルロス1世陛下も来られたとのことで、入口入ってすぐ右の壁に国王の来校記念パネルが貼ってありました。

校舎を屋上から全部案内していただきましたが、写真によるキャンパス紹介は外部のブログにアップしますのでそちらをお読みください。その後、通信業界の企業研修プログラムを担当するプログラム・ディレクターのフアン・イグナチオ・カンタレーロ氏と加瀬先生の3人で、北側の食堂にて昼食を取りました。

フアン氏は元テレフォニカ(スペインのNTTみたいな会社)のエンジニアだったとのことですが、IESEのEMBAを卒業してIESEに転職してきたとのこと。企業研修の話はあまりせず、スペインや日本の経済の話、その後人種やスペイン人のルーツの話(ちょっとここでは書けません…)をして、1時間程度の昼食を楽しみました。

その後、加瀬先生のオフィスに行って、5時半頃まで2時間以上、いろいろと雑談をしました。

話があちこち飛び回るので特定のイシューを議論できたわけではないのですが、思い出せる限りで気になったことをメモしておきます。

  • IESEは厳格なカトリックの学校。教室内には必ず十字架と聖母マリア像が壁に掲げてある。職員は12時になるとみんなミサのために校内にある礼拝堂に集まってしまうので、12時から30分は誰もいなくなる。
  • プロテスタントは労働してカネを稼ぐ、資本を増やすことが神の御心に適うという教義を打ち立てて資本主義を作り出した。それに対してカトリックは基本的に「労働は人間の原罪に基づく」という考え方であり、カネを儲けることは本来汚らわしいこととされている。ではなぜIESEがカトリックでやっていられるのか。実はIESEが信奉しているカトリック教会の教義は「労働を神に捧げることによって神の祝福を得られる」というものであり、だからIESEの職員は皆ものすごく真面目に学校のために尽くす。学校が教会と同じような位置づけになっている。
  • したがって教員も職員も離婚したら辞めさせられる。離婚はカトリックでは戒律違反であり、配偶者を変えることでキリスト教で言う「姦淫」をしたことに当たるから。自分が再婚しなくても、元の相手が別の人と結婚したりすることで戒律を犯したことになるから。
  • IESEは同様の意味で収益よりもミッションをものすごく重んじる学校。これまで中南米やアフリカ、東欧、中国、フィリピンなどに惜しげもなくノウハウを提供したビジネススクールを設立してきたが、これらはほとんど収益に貢献していない。でもそれでも良い、我々は「MBA教育を通じて世界を変える」のがミッションだからというのがIESEの考え方。カネではなく情念によって動く組織。バルセロナのキャンパスもIESEの資金力をはるかに超える規模の建設費がかかったが、「世界を変えるために、我々にはこういうキャンパスが必要なんだ」と言い切って、必死で企業から寄付を集めたりして何とか作り上げてしまった。そういうところもある意味、宗教がかっているかもしれない。
  • IESEはそうした組織全体の凝集性を高めるためのこともいろいろやっている。例えば、10年前にマドリッド校の開校式典に国王陛下が来られるとなった時には、バルセロナの職員が全員、それこそ庭師まですべてバスに乗せてここに連れてきて、式典に列席させていた。仕事そのものが「神に捧げる」ものなため、庭師から秘書に至るまでの誰もが「自分は世界で最高の仕事をここでしている」という自負を強く持っているのもIESEの特徴。
  • IESEの教員は、これまでIESEのMBAやEMBA出身者がほとんどだった。ここで朝から晩まで寝ることと食事すること以外すべてを勉強につぎ込む生活を送ると、試練を乗り越えた自分に対する強烈な自信と、その試練を与えてくれた学校に対する愛情が生まれるもの。だからここの教授は誰もtenureとは言われていないが、実質tenureなのも同然で、それだからこそこの組織文化がある。
  • ただ、最近はバルセロナの新キャンパスには外部のビジネススクールからの講師も多数来るようになっており、そういう講師にはIESEに対する愛校心とかはほとんどない。だから組織文化も昔とは少し変わってきて、ややドライになっているように思う。
  • その意味で、自分も含めて古くからいる教員の中には、バルセロナの新校舎や、外部のビジネススクールから入ってきたIESEの文化を知らない教員に対する批判もないわけではない。マドリッドにはもう1つIEという有名なビジネススクールがあるが、そちらはIESEと違って明確なキャッシュドリブンの組織。しかし、IEですらも20年かけて少しずつ自分たちのMBA卒業生を教員に採用してきた。愛校心のある教員の確保というのが、ビジネススクールにとっては最も困難な課題かもしれない。
  • IESEのアジア戦略について。これまでは中国のCEIBSを通じてアジアへの足がかりとしてきたが、ここに来てCEIBSが独立志向を強めており、IESEの言うことを聞かなくなってきた。そのため、一時は上海交通大学に共同でビジネススクールを設立しようという交渉を持ちかけたが頓挫している。その代わり、昨年から韓国の延世大学(韓国の慶応と呼ばれる、経済界に強いネットワークを持つ大学)と提携し、つい最近も延世大の学生の欧州短期プログラムを受け入れたところ。
  • 日本にもしっかりしたMBAスクールが必要と思っているが、正直言って今の日本のほとんどのMBAスクールはIESEと提携するレベルにないと感じている。その理由はカリキュラムの少なさと緩さ。IUJ以外のMBAスクールは、そもそも学生に勉強させていない。寝る間もないぐらいハードに勉強させる環境に学生を追い込めるカリキュラムと講師陣がなければ、そもそも提携するだけの品質のある学校とは見なされないと思う。
  • 日本からは今年度11人の学生が来ている。昨年(2年生)は6人だった。北米からは30人が来ているが、それ以外の国はなるべく10人以下に抑える方針なので、恐らく今年の日本人比率はmaxだろう。日本からの学生は一部を除けばほとんどが個人ではないかと思うが、今後はもっと企業にアプローチしてEMBAに学生を取りたい。そのためには、やはり日本に常駐のセールスと日本を中心とするアジア企業の研究をするスタッフを抱えるセンターを置かなければならないと思っている。中長期的にはIESEの研究センターを日本に開設するのが目標だ。

ほかにも、加瀬先生が7月に出版される米国の企業戦略に関する教科書の翻訳ゲラや、加瀬先生の書かれたボリビアのセメント会社のケース(英語)などをいただいて帰ってきました。