講演記録「グローバル市場のパートナーとしての社会起業家」

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川上です。1月23日夜に、IESEの東京アルムナイ・カンファレンスが開かれました。今回、IESEから私が昨年のIFDPで「コースデザイン」のセッションでもお世話になった、Johanna Mair教授の「社会起業家」に関するプレゼンテーションが行われました。それについての簡単なご報告と、私の感想を述べたいと思います。

英語に関しては半年以上ブランクが空いてましたので、ダメなヒアリングがさらにダメになって半分程度しかまともに聞き取れていませんでしたが、スライドの英語も見ながらメモった「超訳」でお送りします。

ちなみに、今回のMair教授は、24日の東工大主催の国際シンポジウムに出席するために来日したのですが、そちらのイベントは昨年12月に開催が告知されて、ほぼ1週間程度で満席になってしまったそうです。なので、今回IESEでの講演を聴くことができて、非常にラッキーでした。



【講演の抄訳】

皆さん、こんばんは。今日はお招きいただいてありがとうございます。IESEではなく日本政府のお金で日本に来られたのでとても嬉しいです(会場笑)。明日はアカデミックの人が多いのでそういう内容でしゃべるつもりですが、今日はビジネススクールの人たちがメインなので、企業との関係、および社会や環境問題へのインパクトについてしゃべります。

社会起業家は確かに今、トレンディだ。エスタブリッシュメントからも注目を集め、ちょうど来週から開かれるダボス会議では、社会起業家のパネルも行われることになっている。

では社会起業家とはいったい誰のことなのか?今「社会起業家」と呼ばれる人たちが、過去にビジョナリーや社会活動で著名な人たちと異なる「新しさ」とは何なのだろうか。

私は、それを「企業や組織の問題ではなく、社会的変革を動機とした事業を起こす人たち」と定義している。社会的な、というのは、営利を目的としない、という意味ではない。それを包含した「社会的富の創出」を目的とすること。社会的起業の成功の評価基準には、利益だけでなく、より多くの貧しい人を救ったとか、雇用を創出できた、といったことが含まれる。

社会的起業家の戦略は、多くの場合途上国の絶対的な貧困に対してフォーカスされている。これらの国の「貧困」というのは、先進国で事業をおこす場合の課題とは質が異なる。我々が通常ビジネスをする時、消費者にいかに他社の製品ではなく自社の製品を買ってもらうかを考える。これは消費者に(たとえ貧困層といえども)一定の可処分所得があり、それを奪い合うからだ。しかしたとえばバングラデシュでは、人口の半分以上が1日あたりの所得が平均$1以下しかない。つまりそもそも自社だろうが他社だろうが製品を購買する能力(ability to pay:ATP)がないのだ。したがって、社会起業家は、この「ATPがない人々」をどのようにビジネスモデルに組み込むのかという、まったく発想を変えなければいけない問題を解く必要がある。フォーカスされるのは「欲求(Wants)」ではなく、生きるのに最低必要なニーズ(Basic Human Needs)である。

社会起業家の戦略として挙げられるのは3つのビジネスモデル。「integrated(複合・融合)」、「symbiotic(共生)」、そして「complementary(相互補完)」1つめはインドの病院、2つめはバングラデシュの通信、3つめは同じくバングラデシュの農業を例に紹介する。

インドの病院「Aravinds」の事例。インドには4000万人の失明者がいる。彼らは近視や乱視などの適切な治療が受けられず、結果的に視力が使えない人になる。彼らにコンタクトレンズなどを投与できれば良いが、弱視者の47%がまったくATPがない。そこでAravindsは「タダ」で眼科治療を行った。しかし資金を寄付などに頼ったのではあっという間に尽きてしまう。そこでAravindsは病院の横に「AuroLab」というコンタクトレンズの工場を作り、先進国で$150するコンタクトレンズを$2で生産できるようにした。そして、この工場で生産されたコンタクトレンズの一部を先進国市場で販売して利益を上げ、その利益で「タダの眼科治療」病院を維持できるようにした。現在、AuroLabはコンタクトレンズ以外にも、手術用の縫い針や補聴器といった医療機器を生産し、先進国に向けて輸出して利益を上げている。

Aravindsがには先進国から眼科医を志す研修医(residents)がたくさんやってくる。というのも、眼科治療には多くの臨床経験が必要だが、Aravindsでは年間2百万人の診察と22万人の視力回復手術を行っているからだ。またコンタクトレンズも、すぐ横にこの規模の需要があるからこそ、わずか$2のコストで作ることができる。この結果、AuroLabのビジネスは60%の利益を生み、他の国へも急速に展開されつつある。製造(AuroLab)とサービス(Aravinds)の拠点とが融合し、相互にメリットを与えているからこそ成り立つビジネスモデル。

2つめ、バングラデシュにおけるテレノール(ノルウェーの電話会社)と農村部のマイクロファイナンスで知られるグラミン銀行の合弁事業の事例。(この事例は、元Gの東方さんが『グラミンフォンという奇跡』という書籍を翻訳していますので、詳しくは以下のURLの本をどうぞ。http://www.amazon.co.jp/dp/4862760139

テレノールは、バングラデシュに携帯電話事業を立ち上げるに当たり、都市部のミドル層をターゲットにした収益モデルの会社「グラミンフォン」と、農村部で村に1台の携帯電話を使って電話サービスを提供する「電話屋」の事業を行う人々を組織するグラミン銀行との合弁会社(ただし非営利)「グラミンテレコム」とを立ち上げ、この両方を使って全国規模の携帯通信網で利益を出す仕組みを作った。グローバル市場からの資金調達とリターンを生み出すのはグラミンフォンの役割、バングラデシュ国内の(特に農村部での)電話サービス普及を担うのはグラミンテレコムの役割。2つのまったく異なる市場に対し、まったく異なる組織原理を持つ2つの会社を組織し「共生」させることで、人口の90%以上が携帯電話を買う資金さえ持たない最貧国での携帯電話事業に成功した。

3つめは、同じバングラデシュでの有機農法による農業指導「MapAgro」の事例。バングラデシュの首都ダッカでは、1100万人の人口が生み出すゴミの山で大変なことになっている。廃棄場所も適切な焼却処分などの施設もないため、メタンガスなどの臭気を吐き出し、害虫や伝染病など環境悪化の元凶となっていた。

この廃棄物の80%は有機物であることに目を付けたのが、MapAgro。彼らは都市部に「WasteConcern」というNGOを組織し、都市部住民の家庭から廃棄される有機物(食べ残しや糞尿など)を集めて堆肥化させ、それを買い取る仕組みを作った。一方、農村部にはMapAgroという企業が、先進国から輸入している高価な化学肥料に代わる安価な堆肥を普及させて農産物を作る方法を指導。これによって都市部で1万6000人の新たな雇用を創出し、なおかつ農村部の使用する化学肥料を30%減らすことに成功した。もちろん、都市部のゴミ処理費用も大幅に減らせた。現在、この人たちはゴミから発生する温暖化ガス(メタンガス)を減らす「能力」を先進国の環境対応企業に売ろうと画策中だ。

都市部のゴミ収集と堆肥化はWasteConcern、それを農村部に運び売るところをMapAgroが担うという、バリューチェーン上の「相互補完」のビジネスモデル。これが3つめ。

実は社会起業家の事業モデルを見ていると、「競争」モデルを見つけるのが難しい。多くの社会起業家は、収益性と社会性という2つの目的を両立するビジネスモデルを構築している。その方法が、「融合」「共生」「相互補完」といった仕組み。こうした事業モデルは、社会起業家だけでなく一般企業も採用できるはずで、実際ユニリーバはインドで年初得1500ドル以下の貧困層を対象にビジネスを行うよう、ビジネスモデルを社会的なものに転換しようとしている。

BOP(Bottom of Pyramid:底辺貧困層)向けにビジネスをするためには、従来の競争モデルから、戦略パラダイムを根本的に転換しなければならない。既存の市場ではなく、新しい市場を創出すること、そこにいる人たちの社会的問題をフォーカスし、その解決をビジネスモデルの中に組み込むこと。収入を増加させる、雇用を生み出す、住宅を与える、環境を改善する、など。ネスレベトナムで、地域開発のための資金を提供しながら市場を広げるという戦略をとっている。社会起業家のビジネスモデルとパラダイムは、多国籍企業にとっても大きなチャンスである。

今日は3つの事業モデルを説明したが、もっと他のモデルがあるかもしれない。そうしたモデルを今後も探していきたいと思う。



【川上の感想】

・マイヤー教授の講演を聴いてまず感じたのは「社会起業家とは何かを定義したりその意義を議論したりするフェーズは、世界的には既に終わっていて、今はもう『いかにして企業はそのモデルを取り込めるか』の議論と実践のフェーズが始まろうとしているのだ」ということでした。

・つまり、「社会起業家」という、あたかも起業家個人の志や情熱といったものが貴重だ、泣けるといったところにシンパシーを集める日本語訳はともすれば誤解を招き、思考をそこで止めてしまうという意味では、あまり良くないのではないかと感じました。そうではなく、もっとシステマティックに「今、ここでどういうメカニズムの社会的イノベーションが起こりつつあるのか、これはどのように他の事例に横展開していけるのか」という、抽象化されたモデルを問わなければならないということです。

・懇親会の席で、IESE Alumniの日本支部代表の人(MUFGの方)に「それにしても、こういうモデルを導入しようという企業がいったいあるんですかね?」と尋ねたところ、彼は大まじめな顔で「いや、今はこういうご時世ですから、金融機関も事業会社も、とにかく新しいビジネスモデルを試さざるを得ないですよ。その意味では、こうしてうまくモデル化されれば、やってみようという会社は出て来るのではないですかね」と話してました。ちょっと衝撃的でしたね。多国籍企業などの大企業がこういうモデルを取り入れた事業をやる、ということ自体、私はこれまで考えたこともなかったです。あくまで「システムで動く大企業」のカウンターパートとして「個人の思いに立脚する社会的起業」があると思っていたので。

・マイヤー教授のプレゼンで私が注目したのは、複数の組織が役割分担しながら社会的問題の解決と収益創出の2つの目的を達成する「社会的起業」のメカニズムを、組織をまたがった影響関係を図式化した因果関係図を使って説明していることでした。つまり、「企業」という存在は、従来のビジネスモデル図に見られるような「顧客と取引先との橋渡し」「自社中心としたヒト・モノ・カネの流れの創出」ではなく、「社会的問題の解決」というより大きなプロセスの中の1つのパーツとして設計されなければならないということを、社会的起業に関する彼女の分析が図らずも示しているのではないかと思いました。

・講演の後のQ&Aで、「大企業と競争するような事業をSEがやる可能性、その場合の競争優位性」についての質問が出ていましたが、この質問にマイヤー教授は「既存企業と競合するかどうか、競合したらどう勝つかといった発想、パラダイムからそもそもSEは脱却すべき」と述べていたのも、上のような意味合いにおいて理解すると良いと思えました。つまり、既存市場でなく新市場を創造するのであれば「既存企業との競合」ということにはなり得ないし、また自社の存続でなく社会的問題の解決がビジネスモデルのコアなのであれば、より効率的な方法で社会問題を解決する企業が出てくればそちらに協力すれば良いだけのことだから、というわけ。でも、組織の存続を最終的な目的にする大企業には、そういう発想はやっぱり持てないんじゃないかなと、個人的には思いました。

以上、講演の超訳と川上の感想をお送りしました。