MBAコースの「コンテンツ」とは(1)

Sdscn1893今週は火曜日と木曜日にケースセッションがそれぞれ3本もあり、ちょっとハードな日程でしたので、エントリを書くのが滞ってしまいました。プログラムを受け始めてから10日を過ぎ、頭の中で日本にいたときに持っていたフレームワークがだんだんぶっ壊れて、ちょっとずつ新しいものが入ってきたように思います。まだうまく言葉にはできないのですが、何となく今そういう気分です。

「言葉にできない〜」と言って何も書かないと、考えたことがどんどん抜けていってしまう気もするので、ここ最近受けているクラスの中で感じたことを、少し書き留めておこうと思います。ちなみに、上の写真は「オペレーションマネジメント」のマーク・セション教授です。

)今週はマイル教授の「コース・デザイン」が水・木・金と3日続けて集中講義となっていて、興味関心の対象が似たメンバー何人かが集まってグループを作り、それぞれのグループでコースを1本デザインすることになっています。

僕は最初、グロービスの強い「リーダーシップ」系のところで他の国の人たちと議論できればいいなーと思っていたのですが、残念ながらそのあたりをやりたいという人がうまく見つからず、結局マーケティング領域の教授たちのグループに入って「マーケティング戦略」のコースのデザインをすることになってしまいました。もうちょっとエッジの立ったコースのデザインをしたかったのですが…様子を見て、独立しちゃおうかしら(笑)。

【コースをゼロから作るのは「ムダ」という考え方】

で、今はグループのメンバーで手分けして、マイル教授が紹介してくれたあちこちのビジネススクールマーケティングに関するコースシラバスをダウンロードして取り寄せ、見ているところです。

そう、実はビジネススクールのコースというのは、GMSリトリートでジョン・ベックさんも言っていましたが「どこのビジネススクールでも大して変わらない」のです。なぜ変わらないかと言うと、実はケースだけではなくてHBS、DukeINSEADなどの著名スクールのさまざまなコース設計そのものが公開されてるので、たいていの学校はそれを引っ張ってきて、ちょっちょっとアレンジして使えば良いからなんですね。

以下、マイル教授が教えてくれた、世界中のコースシラバスが公開されているサイトのリンク集。

かくもたくさんのコースシラバスが公開されているのに、わざわざ自分でオリジナルのコースを作る必要がどこにあるのか?と、誰もが思うでしょう。そう、だから欧米のBSのコースは、どこでもほとんど似たり寄ったりなのです。

IFDPの参加者の中にIESEの若手教授も1人混じっていて、彼が自分の担当しているIESEの「コーポレート・ファイナンス」のクラスのシラバスをクラス内でプロジェクターに投影しながら説明していたのですが、並んでいるケースを見てびっくり。1回目のケースが「スーパープロジェクト」、2回目のケースが「マリオット・コーポレーション」と、グロービスファイナンス?と同じなんですね。しかも3回目のケースは「インターコ」。これも実は、グロービスの「ファイナンス?」のケースです。

もちろん、そのビジネススクールのオリジナルのケースが使われていないわけではないですが、MBAで基本的なことを教えるコースのケースや教材を、「全部オリジナルにする必要もない」というのが主な考えのようです。もちろん、IESEの教授も、そういう意味ではいちいち「車輪を再発明」するようなことはしないというわけです。

それに、大半がどこでもHBSや世界中のビジネススクールのコピーのようなコースが並ぶMBAプログラムの中で、1つや2つ特色のあるコースを作ったところで、大して大きな意味はないんだな、ということもよく分かりました。やるならMBAプログラムではなく、EMBAやショートプログラムなど、もっと単発でプロモーションできるプログラムでビジネススクールのイメージを訴求するというのがこちらの考え方です。IESEも、「中国のインサイト」「インドのインサイト」「グローバルストラテジーの再設計」といったショートプログラムを次々開発して、国際的なビジネスに対する知見のあるビジネススクールであることをうまく訴求しています。

MBA生も予習してこない人はたくさんいる!】

コースデザインは他のビジネススクールのものを流用すれば良くて、ケースもHBSやIMD、INSEADを初めとする有名校が競って売っていて…となると、結局MBAコースが「コンテンツ」の側面において差別化するのは極めて難しい、ということになります。

ここしばらく、コンテンツ開発系のコースのセッションが(レナルト教授のエジプト出張によって)途絶えているのですが、それ以外のセッションの教授からクラス中にポロポロと出てくるエピソードを聞いていても、新しいケースを書くことによってオリジナリティを出そうという考えの教授は少なくなっているようです。

「ファカルティ・ディベロップメント」のバスケスドデロ教授は「研究なんかするぐらいな死んだ方がまし」とか言い放ってましたし(笑)、「ケースライティング」のレナルト教授も、「最近はケースを書くことによって教授が知名度を上げるのがますます難しくなってきた。自分でケースを書こうという教授も減ってきている」と嘆いていました。


困難な状況に直面している主人公のケースを読むことで、ビジネスにおける意思決定のトレーニングをするというケースメソッド本来の教育というのは、教授たちのビジネスの問題解決よりも学問的業績を上げることに対する傾倒、オリジナルケースを書かず、既にあるケースとティーチングノートを購入すればたいていのことができてしまうという安直さなど、いろいろな要素が絡んで、昨今のビジネススクールでは珍しく&難しくなってきている、という印象を受けています。

本来の意義から外れたケースメソッド教育が幅を利かせるようになっている問題の原因は、教授の側だけではなく、学生の側にもあります。サション教授が言っていたのですが、「最近はMBAの学生もケースを読んでこなくなった」とのことでした。

オペレーション戦略の教授だけあって、横軸に時間、縦軸に「ケースを読んでくる学生の比率」を取って曲線を描いてくれた(笑)のですが、IESEの場合1年目に3セメストリー(学期)あるうち、学生がしっかりケースを読んでクラスに参加するのは1学期かせいぜい2学期のクリスマス前までであって、3学期目は予習してからクラスに来る学生の率が極端に落ちる、とのことでした。「どの教授も、だから1学期目を担当したがるが、オペレーション戦略に回ってくるのは3学期目のクラスばかり。だから私は学生が予習してないと見ると、つかつか歩み寄って問いただした上で『今日の午後に、このケースで3枚のレポートを出せ。でなければ落第』とペナルティを課すようにしている」と、言っていました。

今のIESEのMBAは2年間64,900ユーロ(約1040万円)と、目もくらむような金額です(HBSが保険など込みで約50,000ドル(約540万円)ですから、HBSの2倍に達しています)が、それだけのお金を払ってもケースを読まずに来る学生がいるというのに、さらにびっくりしました(たぶん、そこまで学費が高騰すると自分でお金払ってないんでしょうね…)。

意思決定を問うセッションの場合、ケースを読まないと、当たり前ですがクラス内で何が議論されているのか、さっぱり分からなくなります。つまり75分のセッションがまるまるムダになります。そこで、教授は何を考えるか。ケースを読んでいなくても、このセッションを受けたことで学生が持って帰られるものを用意しようと考えるのですね。それが「ファイナンスの数式」だったり、「マーケティングフレームワーク」だったりするわけです。もちろんそれらも大事は大事なんですけど、ケースメソッドしなくても本を読めば分かる話ですから、そういう「オチ」を用意するのって、本来のケースメソッド教育の趣旨からすれば「邪道」なのです。

というわけで、パートタイムの学生ばかりを相手にしている自分にとっては、これまでまったく実感がなかった世界の話がいろいろ聞けて、「フルタイムのMBAコースをうまく作って機能させるのは難しいんだな〜」と思った次第です。