MBAコースの教授アサイン

Sdscn1909先週の金曜日の朝はちょっと気分を変えて、ポーランドから来たHRの教授と南アのマーケの教授と3人で、いつもと違うペドラルベス修道院の横を通る道でIESEに行ってみました。その途中、修道院の向かい側にある建物を指さして、彼女たちが「ここがIESEのEMBAに参加する企業経営者が泊まるホテルよ」と教えてくれました。右の写真がそれです。なんと4つ星!外から見ただけですけど、今自分の泊まってる2つ星の学生寮みたいなホテルとは雲泥の差っぽいですね!(笑)

ところで、月曜日はランチの後の4限に、IESEのMBAプログラムを統括する副学長(Sub Dean)、管理会計ルイス・パレンシア教授(Luis Palencia)が、MBAコースの内容について説明に来てくれました。学生向けの説明をしてお茶を濁す時間なのかと思ったのですが、あにはからんや。後半はプログラム全体のデザインプロセスから教授のアサイン方法、コース品質の標準化の手法に至るまで、かなり突っ込んだことを教えてもらえました。75分間のセッションの間中、スパイよろしくメモを取りっぱなしでしたが(笑)、その中でとても興味深かったことが2つありましたので、ご紹介したいと思います。

興味深かった話の1つ目は、MBAコースの新科目、新教授のアサイン方法についてです。それについて説明する前に、まずIESEのMBAコースの構成を簡単に説明しておきます。

IESEのフルタイムMBAは2年制(厳密に言うと19ヶ月)で、セメストリ(3期制)となっています。1年目は9〜11月が1stセメストリ、12〜2月が2nd、3〜5月が3rdと続き、それぞれのセメストリに6〜7科目、全部で19本の必修コースが並んでいます。

5月末で試験が終わると6〜8月はお休み。海外からの留学生はここでスペイン語の講座に通ったり、提携している他校(MIT、NYU、シカゴ、コロンビア、UCLA、LBS、HEC、CEIBS、IPADEなど)とのエクスチェンジプログラムに参加したりします。

2年目は再び9月からスタート。9〜11月の1stと12〜2月の2ndのセメストリがあり、それぞれのセメストリごとに40以上の「選択科目」があり、学生は自分のキャリアや興味に応じてそれらのコースを選ぶことになっています。2ndのセメストリが終わると、最終試験を経て3月には卒業となります。2年目は2セメストリしかありません。1年目の9月から2年目の3月までなので、2年と言いつつ実際には19ヶ月なのですね。

ちなみに学生数は1学年213人。この学生は1年生の時には71人ずつのクラス3つ(A、B、C)に分かれて授業を受けます。この71人のクラスには、担任教授がそれぞれ1人と、その下にサブの担任教授が各クラス9人ずつ配置されていて、サブ担任教授1人につき8人の学生が割り当てられて、勉強のしかたから生活全般に至るまで相談を受けたり、アドバイスをする「メンター」の役割を果たすことになっています。

これに対して、欧州の他のビジネススクールでは今やMBAは1年が主流です(2年制を取っているのはLBSとIESEぐらい)。1年制(実質15ヶ月)の代表がINSEADですが、INSEADの場合は9月からスタートして夏休みなしで翌年8月までびっしり勉強させ、11月に卒業となります。IESEのように2年分の学生の面倒を見なくて良いINSEADの場合は、1学年の学生数も700人と多く、「その代わりメンターなどの制度はない」とパレンシア教授は言っていました。

【どんな高名な教授も、まず1年次の科目を担当するのがルール】

さて、面白いのはこのMBAプログラムに対して新科目や新人教授を導入する際の方法です。

IESEでは、1年次の19科目については基本的に3つのクラスともすべて内容は共通となっていて、かつクラスごとに少しずつ時間割がずらされています(同じ時間に同じ科目が3クラスで行われるわけではない)。

これが何を意味するか?つまり、3クラス分の同じコースを誰がどのように分担して教えるかということについて、相当な自由度がある(同じ教授が全部担当しても良いし、3クラス全部別々の教授が担当するのもあり)ということです。

実は、IESEではどんなに偉い教授でも、新人教授はまずMBAの1年次科目のどこかのクラスのセッションを1〜2セッション担当するところからスタートしなければなりません。ある科目の1つのセッションを1クラス担当することになった場合、同じ科目の同じセッションが他の2クラスで走っているので、メインの教授のクラスを最大2回見学して参考にしながら自分のティーチングプランを練り、さらにクラス後には指導担当の教授のメンタリング(G流に言うとQAとフィードバック)を受けます。

このプロセスを経て学生からのアンケートによる授業評価が一定値を超えて、初めて「この教授のティーチングはIESEの品質に達している」と判断され、コースを1人で持つことを認められるのですね。

こうしたメンタリングのプロセスを回すために、1年次の19科目の内容はどれも相当程度まで標準化されています。「マーケティング・マネジメント」「管理会計」「オペレーション戦略」などのように、10ある学問の特定領域に関する科目もありますが、IESEのユニークなところは1年次には領域を横断して作られた科目も多数置いている点です。

その1つが、1stセメストリの科目の1つ、ABP(Analysis of Business Problems:問題解決)です。このABPは、また別稿で改めてお話ししますが、どこか特定の領域の知識を教えるものではなく、文字通り「問題解決のプロセス」を教えるものです。そのため、あらゆる領域分野のエッセンスが混じっています。

今日、ABPを担当しているガルシアポント教授に「ABPは何人ぐらいの教授が教えられるのですか?」と聞いてみましたが、「領域に関わりなく誰でも。IESEで今教えられる教授は自分を含めて10人程度」という返事が返ってきました。ABPの場合は担当する教授の学問領域も限定されておらず、戦略の教授もファイナンスの教授もマーケティングの教授もみんな教えるようです。したがって、ティーチングマテリアルも(TN、スライドなど基本的なものは)ほとんど共有されているそうです。

1年次の科目にはこのほか3rdセメストリに「Leading Organization(組織リーディング)」という科目がありますが、ABP同様この科目も領域横断です。要するにこれは「ビジネス・エシックス」なのですが、さまざまな領域の教授が集まって自分の領域におけるエシックスのエッセンスを出し合って開発された科目とのことで、「したがってIESEにはビジネスエシックスの専門の教授というのは存在しないのです」とパレンシア教授は話していました(その割りには、Faculty Searchのところに「Business Ethics」の領域がちゃんと出ているのがちょっと不思議ですが…)。

ともかく、1年次の科目はすべて「みんなで作り、みんなで教える」ための科目という意識が徹底しています。「しかしそれでは個々の教授のオリジナリティを出せなくなってしまうのでは?」と僕が質問したところ、パレンシア教授は「オリジナリティは2年次の選択科目で出せばいいのです」と、答えました。1年次科目を担当して講義の品質をクリアできることを示せた教授は、2年次の選択科目で自分のオリジナリティを徹底的に訴求したコースを開発して「2年次担当のプログラムディレクター」に売り込みます。2年次科目は全部で90コース程度ありますが、ここは毎年7〜8コースを入れ替えているそうです。

要するにIESEでは、1年次はコンテンツを完全標準化して新人講師の教育ノウハウを磨かせる場、2年次はコンテンツのユニークさで教授が競い合う場と明確に切り分けて、教授同士の「相互扶助」と「切磋琢磨」のバランスを取っているというわけですね。見れば見るほど、実によくできた仕組みだなあと感心しました。

【現地語100%から英語90%へ…IESEのMBAの歴史が示すもの】

もう1つ、パレンシア教授のプレゼンテーションで非常に衝撃を受けた内容がありました。それは、IESEのMBAコースの歴史です。

IESEで欧州初の2年制フルタイムMBAがスタートしたのは、1964年、1期目の卒業生は26名でした。この頃のIESEは完全にスペイン語の講義のみです。これに「バイリンガル」という名前で英語のMBAコースがスタートしたのが1980年のこと。フルタイムMBAコースの開設から、なんと16年も経ってからのことです。

実はこの「バイリンガルMBA」というのは、3クラスあるMBAコースのうち、1クラスを英語での授業に切り替えたものでした。要するに今のグロービスの「MBAの横に同じ内容を英語でやるIMBAがある」のと、同じ構図ですね。ただし完全な英語が保証されるのは1年次だけだったため、英語しか分からない海外からの学生は入学前と1年次の夏休みにスペイン語を勉強しなければ、スペイン語で行われることの多い2年次のコースについていけず、大変だったようです。

この「1年次の1クラスだけが英語」という時代が長く続いた後、次の変化が始まったのは英語クラス開設からさらに16年後の1997年のこと。この年、1年次3クラスのうちスペイン語クラスの1つが英語・スペイン語バイリンガルになり、純スペイン語のみのクラスは1つだけとなりました。この2年後、1999年にはバイリンガルクラスが英語のみとなり、3クラスは英語2クラス+スペイン語1クラスの構成になります。

そして現在、2年生MBAの3クラスのうち、スペイン語の授業が受けられるのは1クラスの一部のみ。いつ変化したのかは聞けませんでしたが、現在はごく一部の授業を除き、MBAプログラムの講義のほとんどすべてが英語で行われています。ここに至るまでにさらに5年以上がかかっているわけですが、でもスペイン語MBAプログラムを創設してから40年、バイリンガルを創設してから25年で、カリキュラムのほぼ90%以上が英語に置き換わっているのですね。

もちろん、IESEも収益の7割を占める企業研修などでは、まだたくさんスペイン語でデリバリーしています。海外出身の教授でも、英語と同時にスペイン語やドイツ語などで講義できる場合は、企業の求める言語での講義ができる教授を出しています。しかし、IESEも80年代に入ってカバジェ教授が「国際化」を決意してから、わずか20年あまりでここまで来ているのですね。

スペイン語を話す人口が世界中で3億5000万人いて、その世界の企業を相手にしてスペイン語での品質を高めるだけでも十分なビジネスができるはずなのに、そのハイエンドでは90%英語化しているというこの現実を見ると、グロービスのフラッグシップのMBAコースが100%英語化してしまうのに、実は20年もかからないのではないか…というようなことを感じました。

もっとも、スペイン人にとって英語はビジネスで必要というだけでなく、EUという政治の世界での「共通言語」の1つでもあります(だからたいていの大企業の経営トップやマネジャー以上は英語ができて当たり前)。この点、政治に関しては言わずもがな、ビジネスにおいてすら経営者やマネジャーで英語ができる人のほうが珍しい日本とはかなり様相が違うとは思います。また、実際IESEにいる教授でも、そうとう意味不明な英語をしゃべる人も(笑)かなりいますので、20年後のグロービスにおいて「英語ができる」ということと「ネイティブ並みの英語ができる」こととは、おそらく同義ではあり得ないとは思いますが(笑)。

そんなわけで、自分の20年後の姿を考えて「20年後にはカタコトでもいいから英語でクラスができるようにならなくちゃ…」なんてことを考えてしまいました。今日はこのあたりで。