「洗脳プログラム」の必要性

グループで発表

今日は金曜日。IFDPのプログラムも3週間目が終わりました。来週は火曜日と木曜日がバルセロナのローカルホリデーで金曜日が企業訪問と閉講式なので、実質的にあと2日、ケースライティングやリーダーシップ、研究ワークショップなどいくつかのコースの最終回と、アルムナイのオリエンテーションなどを残すのみとなりました。

そんなわけで今日は、「ケースメソッド」と「コースデザイン」の2コースの最終回があり、朝からグループ発表が続いていました。コースデザインの方は教授からあまり有意義なフィードバックもなかったのですが、「ケースメソッド」の方は、ガルシアポント教授から今週火曜日と今日の2回の講義の中でとても印象深い発言があったので、ご紹介したいと思います。

火曜日のクラスは「ESASA」というスペインの自動車のテールランプを作っているメーカーが、GMグループのメキシコ工場での増産に合わせてメキシコに進出するべきかどうか、という国際戦略のケースでした。グローバル化する顧客に着いていくために何かやらなければいけないことは分かっているが、何をやれば良いのか分からない…しかもESASAにはキャッシュがあまりなく、工場投資もできそうにない…という状況の中で、どうするかがテーマでした。

【IESEで「問題分析(ABP)」がMBAの最初の学期にある理由】

例によって、ガルシアポント教授の楽しいジョークを交えながらクラスが進んでいくのですが、定量分析と定性分析を見事に組み合わせながら複雑に入り組んだ問題を解きほぐし、結論を出していくその流れを、どうしても自分1人でできる気がしません。少なくとも、会計・ファイナンス・戦略・マーケティング・オペレーション・HRなどについての相当体系的な知識を身につけ、かつそれらのつながりを実ビジネスの中での体験も踏まえて体得していなければさばけないと思いました。だとすれば、そもそも彼がやっているABPは、1年次の1セメストリー目にあること自体がおかしいのではないだろうか。

ケースセッションの終了後、再びセッションについての質疑応答になったので、その時に「このABPというプログラムは、MBAの1年次1stタームにありますが、本来であれば3rdタームにあるべき科目なのではないですか?どうして1stタームに置いてあるのでしょうか?」と質問してみました。

そうしたら、それに対するガルシアポント教授の答えが、ふるっていました。「洗脳(brainwash)だよ。MBAの学生を洗脳するためさ」。僕が「入学したばかりのMBA生に、これまでのままの自分では問題解決ができない、ということを理解させるためですか?」ともう一度聞くと、「違う。MBA生に、問題というのは幅広くさまざまな角度から見なければその解決の道筋は分からない、ということを教えるのがABPの目的だ」とのことでした。

この言葉、僕には結構インパクトがありましたねえ。やっぱりそうなのかと。brainwashというと聞こえが悪いですが、要するに「自分には全然できていないことがあった」ということを強烈に意識させ、それを「ここで何とかしてそれを学ばなければ!」という勉強の動機に転じさせる仕組みのことだと思います。その意味では、MBAでも何のプログラムでも、こうした「儀式(initiation)」が最初にちゃんと行われているかどうかは、学習者のモチベーションを上げるうえで非常に重要なのだなあと思いました。

グロービスの場合、その「儀式」の役割をクリティカル・シンキングが担っていると思います。「まず何を考えるべきか考える」「考えることは疑うこと」「考えることは分解すること」というフレーズを繰り返し繰り返し「自分はできていなかった」という実感とともに受講生にたたき込むことによって、Inductive(帰納的)ではなくDeductive(演繹的)な考え方でものごとを見ることが大事なんだよ、だからここでそれを学んで行きなさい、というメッセージを見事に受講生に埋め込んでいるのが、クリシンのinitiationとしての素晴らしさなのだと、僕は思っています。

そういう観点から見ると、IESEのフルタイムMBAの最初のinitiationはこの「ABP」で、受講生に「より幅広い角度から経営の問題を見て判断する訓練をここでせよ」というメッセージを埋め込んでいるのだと思いました。「スペシャリストではなくゼネラル・マネジメントを育てる」ことをミッションに掲げているビジネススクールとしての整合が取れているのですね。

【ABPの難点は?】

IESEのMBAプログラムにおけるABPの位置づけは非常に興味深いですが、一方でそれがうまく活きるようにすることの難しさも感じました。

先日、IESEの日本人留学生との食事というエントリの中で「授業に失望しています」と語っていた学生の言っていた「ひどい授業」というのが、実はこのガルシアポント教授の担当していた「マーケティング」のクラスのことでした。それを聞いて僕は非常に驚いたのですが、彼が言うには、

「自分は(金融機関から来たため)マーケティングのことは全然分からないが、16回彼のマーケティングの授業に出たけれど、結局マーケティングのことが全然分からずじまいだった。クラスの最後にLearning Pointといってその日の講義の中で使ったフレームワークをちょこっと教えてくれるのだけど、ああいうのは最初にちゃんとまとめて説明しておいてもらいたかった」

とのことでした。

「それってさあ、君がIESEに来るまでに『MBAマーケティング』ぐらい読んどけばいい話じゃないの?」という言葉が喉まで出かかりましたが(笑)、他のメンバーも多少うなずいていたところを見ると、ガルシアポント教授に対する辛口の評価は決して彼だけのものではないようでした。

欧米の学生も、知識のレベルにおいては日本人より下手するとずっと下だったりもするので、おそらく知識面で十分な準備ができないままで、ガルシアポント教授流の「問題解決」的なマーケティングのクラスを受けて、消化不良になってしまう学生というのは少なくないのではないかと思われます。そういうリスクを踏んででも、こうしたアグレッシブなコースをMBAの最初のタームに持ってくることができるというのは、国際的に評価の高いビジネススクールならではのことなのかな、という気もします。

最後に、ガルシアポント教授のクラスの最後に、「このコースで皆さんに学んでもらいたかったこと」というスライドの内容を何枚か、そのまま書き写しておこうと思います。ABPの考え方がとてもよく整理されていました。

「問題解決のツール(Tools for Problem Solving)」

  • 問題を定義する (Definite problem)
  • 判断基準を明確にする (Identify criteria)
  • 選択肢を挙げる (Generate Alternatives)
  • 分析 (Analysis)
  • 意思決定 (Decision)
  • アクション (Action)

「問題解決を学ぶのに必要なツール(More Tools)」

  • 普遍的なケース (Eternal cases)
  • 時間 (Hours)
  • 常識 (Common sense)
  • 平常心 (Serenity)
  • 忍耐 (Patience)
  • 知的謙虚さ (Intellectual Humility)

「正しい判断基準とは何か?(Our problem: Find the right criteria)]

  • ビジネスの判断基準: モデル、競争、戦略 (Model, Competition, Strategy)
  • 組織の判断基準: 構造、権限、組織文化 (Structure, Delegation, Climate)
  • 個人の判断基準: 価値観、使命、社会的責任 (Values, Mission, Social Responsibility)

  これらを理解する際の質問:

  • どうやって儲けるの? (How do you make money?)
  • それってできるの? (Can we do it?)
  • それって本当にやるべき?やりたいの? (Should we do it? Do you want to do it?)

「真実は、普段我々が見ているよりももっとずっと大きく、複雑」