IESEの提供するITサービス

Globalcampus
今日は日曜日で、空も真っ青に晴れ渡り、気持ちの良い風が吹いています。部屋の窓を開け放していると、本当に気持ちが良いですね。って週末なのにずっと部屋にこもりきっているだけなのですが…(笑)。正直、バルセロナは日中は太陽の光が強すぎて、海水浴にでも行くのでない限り、外に出かける気になりません。

さて、これまでIFDPのプログラムの中で僕がいろいろと感じたことを書いてきましたが、今日は少し角度を変えて、ITサービスという面からIESEのことを書いてみようと思います。昔から「企業は財務(血液)と人材(筋肉)、情報システム(神経)の3つを見なければ、その全体像は分からない」というのが僕の持論です。IFDPのプログラムの中でも、ITについて説明を受ける部分もあり、外側から見える範囲で少し分かることを書いてみようと思います。

まず、IESEの学生に対して提供されているサービスですが、大きく分けて2つあります。1つはインフラとしてのインターネット接続サービス。学校の中にいる限り、高速Wireless LANにどこからでも接続できます。これはグロービスもやっていることで、そんなに驚く話ではないです。ただ、IESEのWireless LANは(個々の端末にIDを与えているわけではありませんが)一応ID、PWの認証を求められるようになっています。

Outlookweb
2つめはアプリケーションサービスですが、IESEが提供するサービスは2つあります。1つは「Global Campus」と呼ばれる情報掲示板(上の写真がそのトップ画面です)、もう1つは「Outlook Web Access」という、メールサービス(右の写真)です。

【独自メールアドレスとメール環境まで提供】

グローバルキャンパスは、要するに資料配付とちょっとしたお知らせの掲載できるポータルサイトのようなものです。見ていただくと分かる通り、中央上部にはプログラムディレクターや教授などから他の参加者全員へのメッセージ、右サイドにはクラス内で使われたドキュメント(PPT、ADF等)、プログラム関連のドキュメント(コーススケジュールやITの使い方マニュアルなど)、そしてその下に個々の教授のプロフィールページへのリンクなどが掲載されています。グロービスの「受講生ウェブ」が多少リッチになった感じですね。

学生のグローバルキャンパスの画面は、当然ながら参加しているプログラムごとに異なります。IFDPの参加者画面は、1ヶ月のショートプログラムということもあって大した内容はないのですが、MBAの学生の画面は、さまざまなメッセージや教授から配布されるドキュメント類で埋め尽くされるようです。

ただ、GCの機能はこの「ドキュメントの共有」という点以外、あまり見るべきものがありません。致命的だなあと思うのは、受講者同士のメッセージのやり取り機能がないことです。IFDPでも、受講者同士のメッセージのやり取りは、受講者の1人が立ち上げたFacebook(日本のmixiのようなソーシャルネットワークサービス)のグループ内で勝手に行われています。このあたりは、受講生用のMLをプログラムの開始前に立ち上げて全員そこに入れてしまうグロービスのオペレーションの方が勝っていると思いました。

一方、IESEがすごいなあと思うところは、「@iese.net」のドメインのメールアドレスを受講者全員に配布し、Webアプリケーションによってメール環境までサービスしていることです。Webメールの環境は、マイクロソフトのExchange Server2007に含まれているWebアプリケーション「Outlook Web Access 2007」を使って提供されています。IESEのWireless LANネットワークはセキュリティがしっかりしていて、このネットワーク内に接続したコンピュータから、ネットワーク外にあるSMTPサーバを叩いてメール送信することができないようになっています。なので、僕もグロービスの自分宛のメールはメールソフトで読むところまではできるのですが、返信ができません。「Outlook Web Access」は、学生が各自のメールソフトを使えないことの代わりに整備されていると思われます。

Outlook Web Accessの良いところは、Internet Explorerから簡単に呼び出せること、しかも呼び出した瞬間にブラウザ側に設定してあるデフォルトの言語になる(上の写真を見ていただければ分かる通り、僕のOutlookは日本語で表示されています)ことです。ブラウザ側に言語を依存する仕組みのサービスなら、世界中のどこの国の学生に対してもネイティブの言語でサービスを提供できるわけです。また、画面を見ていただくと分かる通り、Exchange Serverが提供する他の機能(スケジュール、Todo、フォルダ共有など)も使えます(IFDPでは特に使われていませんが)。IESEの場合、パブリックフォルダは2005年頃までの社内フォルダの存在が我々にも見えていますが、2007〜8年あたりのフォルダが見えません。完全に見えないようになっているのか、それともExchange Server上でのフォルダ共有サービスを止めたのか、どちらかは分かりません。

このように、実はOutlook Web Accessだけでもかなりいろいろなことができそうなのですが、一方使いづらい部分もいくつかあります。1つは、当たり前ですがWebサービスなので、ネットワークにつながっていない環境ではメールボックスすら見られません。ただ、これはそもそもExchange Serverのメールボックスにクライアント側のアプリケーションでアクセスすれば良いだけですから、大した問題ではないです。

もう1つの問題は、言語対応が完璧ではないことです。今のところ、受信した日本語のメールはちゃんと日本語で表記されるようになっていますが、こちらから送信する日本語メールは、タイトルと添付ファイルのタイトルは英語でなければ文字化けします。また、これは些細なことですが、Outlook Web Accessは当然ながらIEネイティブのアプリケーションなので、僕が普段使っているFirefoxなどの他のブラウザでは使えません。この点はGoogleの提供するGmailGoogle Calendarなどのアプリケーションのほうが、使い勝手は圧倒的に良いですね。

いずれにせよ、@iese.netのドメイン名を持つメールアドレスを持てるというのは、受講者にとってみればちょっと誇らしいです。メールアドレスは卒業してからも使い続けられるようですから、こういうのはアルムナイサービスの1つとしてちゃんと提供するべきなのでしょう。

スペイン語圏最大の教材データベース「IESE Publishing」】

Iesepublishing
ここまで見ると、「IESEも学生に対してそれほどすごいサービスを提供しているわけじゃないし、たいしたことない」と思われるかもしれませんが、IESEが本当にすごいのは、学生向けのITサービスではなく、ケースや論文のデータベース「IESE Publishing(IESEP)」です。

HBSにおけるHarvard Business School Pressと同じですが、IESEPは、IESE自身の教材4500、HBSの教材1万4000を含む20近くのビジネススクールの教材、約2万アイテムのケース・教材を収録しており、そのうちスペイン語のものが約4000と、スペイン語圏各国のビジネススクールのための中心的データベースの役割を果たしています。左の写真を見ていただくと分かるように、IFDPに参加した人は、自動的に「教育者(Professores)」のステータスでアクセスできるようになっています。

ケースのデータベースということだけであれば、HBSPやECCHなどと同じですが、IESEPの場合はECCHと異なり、遠隔にある途上国のビジネススクールにケースを提供することが多いという事情から、上記2つのケースデータベースと異なり、ダウンロードの段階でがっちり課金が完了するようなセキュリティを構築しています(ECCHの場合、ダウンロードでの販売はインスペクション・コピーと呼ばれる教授向けのコピーのみで、そのケースを買う場合は印刷物を使う部数だけ送ってもらわないといけない仕組みになっているはず…ですよね?奈良さん)。

IESEは、ECCH同様インスペクション・コピーの仕組みはもちろんあるのですが、実際にケースを購入する際には「SealdMedia」というソフトを利用者にダウンロードさせ、決まった部数しか印刷できない設定になったPDFを電子的に送付し、印刷が終わったらPDF自体が消える仕組みを作り上げています。かつ、印刷されたケースの耳には「このケースは○○教授による○○の講義の中で使われることを目的として印刷されたものです。それ以外の目的には使えません」というコメントがでかでかと印刷されるようになっています。つまり、電子媒体の送信で課金が完結するようになっているわけで、この点はたぶんにアナログなECCHの仕組みよりもはるかに先進的と言えます。

これだけのセキュアなコンテンツ保護システムを構築するのにはさぞかし投資が必要だっただろうと思うのですが、IESEPのディレクター、クリスティーヌ・エッカー教授(Christine Ecker、この方も「教授」でした)がIFDPのクラスに説明に来た時には、「ケースは1部2.6ユーロ(480円)です」との説明に、東欧やアフリカからの参加者から「そんな高い料金は到底払えない」「IESEはアンフェアだ」などと抗議の声が上がっていました…。僕から見ると(最近のHBSPは、スポットでのケースのダウンロードは1部6.15ドル(650円)もかかるので、「IESE安っ!」とすら思えるのですが、やはり途上国ではそうは受け取れないようです。

エッカー教授は参加者たちの抗議に苦笑しながら、「ケースを作って流通させるためにはとてもお金がかかるし、我々はこの販売によってそんなに多額の収益を上げていない。教育関係者には割引の制度も用意しているので、ぜひきちんとお金を払ってケースを買ってほしい」と話していました。

僕は、「IESEのケースを日本語訳して使うことはできるのか?」と質問してみたのですが、「IESEには英語、スペイン語だけでなく、中国語などのケースも登録されている。IESEのケースを日本語に訳したら、我々には翻訳の質を確かめるすべがないのであなたの能力を信用するしかないが、IESEのフォーマットに流し込み、IESEPに登録して使ってもらうことはできる」と言われました。物理的なプリントアウトをいちいち取り寄せなくても、電子的な決済だけでケースの翻訳を使えるようになるのであれば、IESEのケースを訳してIESEに登録しておき、必要な時にライセンスを買って使うという形態でも十分なのではないかと思ったりしました。

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ちなみに、日本のケース流通について知らない方のために、少し現況をご説明しておきたいと思います。

日本語ケースのクリアリングハウス事業は、経済産業省所管の「日本ケースセンター」という団体が2006年頃から始めています。日本ケースセンターは事業の開始前にECCHに調査団を派遣して事業調査を行っており(調査報告書はこちらから読めます)、HBSPやECCHから日本語ケースの販売代理を認められて、これらのケースデータベースが提供するケースの日本語訳を2007年頃から販売し始めています。ですが、その販売方法を見ると「プリントケース1部1000円」という形態なんですね。また、日本のビジネススクール経産省の絡みでMOTをやっているところと、ケースセンターと仲の良い慶応ビジネススクールはリンクされていますが、恐らく日本で最もたくさんケース(といっても分析ケースであって、意思決定ケースではありませんが)を書いている一橋大学や、我々グロービスは、参加していません。

一般的に日本の大学の教授というのは「著作権」という概念が教室ではすべて適用除外されると思っている(というか著作権の概念を知らない)人たちばかりなので、仮にケースメソッドをやっているという人でも、ケース原本を手元に1部もって、それを無断コピーしまくって生徒に配布して使っている人がほとんどであろうと思います(もっと言うと、そもそも大学がビジネススクールでケースを教材に使う教授に対して、ケース購入の費用を大学側で負担しなければならないと考えたことすらないと思います)。かつ、ケースセンターのケースにBBTのテキストような物理的なコピープロテクションがかけられているとも思えません。したがって、日本ケースセンターに日本語のケースを提供するのは、「ただでコピってばらまいちゃってください」とお願いするようなものという気がします(笑)。

ケースという、書くのにも流通させるのにもとてつもなくコストのかかる商品の世界的流通に加わるためには、著作権に対する意識の高まりと大学におけるコンテンツを「教授任せ」にする仕組みを止める(教材コストを大学がきちんと負担し、管理する)ことが、必須条件だと思うのですが、日本のビジネススクールの世界がその土俵に乗るまでには、まだまだ時間がかかるのではないかというのが、IESEPの仕組みを見ての感想です。