Ph.Dは何のためにある?

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今日はランチの前に3つのセッションがあり、1限目がホアンカルロス・バスケスドデロ教授(Juan Carlos Vázquez-Dodero)による「ファカルティ・ディベロップメント」、2限・3限がレナルト教授による「ケース・ライティング」のクラスでした。右の写真は、ちょうど2人の教授がクラスの合間に教壇に並んでいるところを盗み撮りしたものです。左がレナルト教授、右がバスケスドデロ教授です。両方とも結構なお年ですが、貫禄とユーモアを併せ持った先生でした。

1限目の「ファカルティ・ディベロップメント」のセッションは、昨日配布されたリーディングがとにかく強烈で、想像していた内容(講師育成の具体的な方法論)とはまったく違うものになりそうだったので、あまり期待していませんでしたが、予想に反してとても面白かったです。何が面白かったかをちょっとご紹介したいと思います。

「ファカルティ・ディベロップメント」には6回ものセッションが予定されているのですが、配布資料の分厚さがハンパではなく、しかも表紙にはサブタイトルとして「The Scholar's Vocation and Agenda(学者の使命と業務)」と書いてありました。しかも、初日のセッションのリーディングが、山口さんの師匠であるスマントラ・ゴシャールの「Bad Management Are Destroying Good Management Practices」(2005, Academy of Management Learning & Education)だったり、ウォーレン・ベニスとJ.オトゥールの「How Business Schools Lost Their Way」(2005, HBR)、そして最後はデビッド・ヒューズの「How Business Education Must Change」(2005, Sloan Management Review)と、どれもゴリゴリの学術論文だったので、「これは・・・Undergraduateな僕には何の関係もない話じゃないかしら」と思っていました。

MBAを教えるのにPh.Dは要らない】

しかし、それは大きな勘違いでした。今日のセッションの狙い(LP)は、実は「Ph.Dホルダーであることは、ビジネスの分野では良い教授であることと何の関係もない」という、(グロービスにおいては当たり前すぎることなのですが)参加者にとっては衝撃的な事実を理解させることだったのです。

クラス全体のディスカッション形式で話が進んでいったのですが、ベスケスドデロ教授はまず「このセッションは皆さん個々人のキャリア開発、ビジネススクールでこれから何を磨き、何をなし、何を達成すべきかを考えるものです。だから私は何も教えません」と明言してから、「皆さんは何でこのプログラムに参加したの?あなたたちがここで得たいと思っているものは何?それってあなたの仕事にどのように役立つと思うの?」と質問しました。

次に「我々がいる『経営学』の分野で、facultyとscholarとacademicianの違いって何?」と尋ね、参加者のターミノロジーを揃えてから「では、皆さんが価値を提供する相手は誰?大学生、大学院(MBA)生、ノン・ディグリーコースの受講生、それぞれが我々から得たいと思っていることは何?そのために我々にはどんな属性が備わっていなければならない?」と尋ねていき、最後に「つまり皆さんの話をまとめると、Scholarであること(Ph.D資格を持つこと)は、皆さんの顧客に皆さんが価値を提供する時にほとんど何の関係も必要もない、ということが分かりますね」とまとめて終わってしまったのです。

これには、クラスの参加者から猛烈な反論が出ていましたが、ベスケスドデロ教授はまったく動揺する様子もなく、「じゃあ、月曜日のセッションまでに今日の内容をよーく振り返っておいてください」と言い放って、教室を出て行きました。

これまで僕がここで出会った教授たちはみんな海外の有名スクールでPh.Dを取ってきている人たちだっただけに、この最後のまとめには驚愕しました。でも、ロジカルに詰めていけば結局その通りなのですね。で、この老教授はそのことをゴシャールの言葉なども使いながら、あっけらかんと喝破していったのです。

セッション中には顔を真っ赤にして反論している参加者もいましたが、そりゃーそうでしょう。ここまで必死にPh.Dを勉強してきて、ようやくBSでの教授の職が見えてきたと思ったところでIFDPに来たら「Ph.Dなんて本当は要らないんだよ」と言われたら、誰だって頭に来ますよね。

でも、僕の隣の席に座っていた、南アフリカコーポレートガバナンスの教授は、「僕は客員講師なのでこれまでBSの中がどうなっているのかよく分からなかったけど、今日の話でとてもよく分かったよ」と笑っていました。一方、デンマークから来ていたtenureの資格を持つイノベーションの教授は、「MBAの学生たちは教授陣がどこのPh.Dを持っているかを見て学校を選ぶし、私はこれまでビジネスの経験はないが、MBAの学生を教えていてビジネス経験がないことを引け目に感じたことはない。Ph.Dをあそこまで否定するのは間違っていると思う」と憤っていました。

どちらも間違ってはいないと思うのですが、僕の感想は、「このセッションはPh.Dの人たちに"こと経営学の領域においては、純粋な研究者であることの意味はほとんどない"という認識に直面させるためのショック療法だったんじゃないか」というものです。でも、こういうあけすけな議論をする人がIESEにいるというのには、本当にびっくりしました。

この「ファカルティ・デベロップメント」のコースでは、2回目以降はティーチングなどについての議論をするようですが、ベスケスドデロ教授によってこれからどんな議論が展開するのか、とても楽しみです。

【IESEはなぜIFDPを提供しているのか】

もう1つ、今日とても印象に残ったことがありました。ランチの時に、ちょうどこのIFDPのプログラム・ディレクターであるサントマ教授と隣り合わせになったので、アジア戦略とかの話をいろいろと話していました。そのときに「ところで、我々はティーチングやケースライティング、プログラムデザインなどのメソドロジーは、ビジネススクールにとっての重要なコア・コンピタンスだと思うのですが、どうしてIFDPというプログラムでそれらをすべて教えてしまうのですか?IESEにとってこうしたプログラムを提供するメリットは何ですか?」と、単刀直入に質問してみました。

サントマ教授は、「いやあ、確かに他の教授からは『ここまで何もかも開示するべきじゃない』という意見も時々もらうんだけれど、IESEにとってというより、私にとってはこれはHBSから何もかも教えてもらったことに対する恩返しだと思っているんですよ。IFDPは、彼らが我々にやってくれたことと同じなんです。それに、これは一番目の理由ではありませんが、ケースメソッドと同じで、我々もこうした我々のノウハウをコース化して教えることで、参加者からものすごくたくさんのことを学ぶのです。まさに"teach to learn"(学ぶために教える)なのですよ」と話していました。

実際のところ、ケースメソッドが講師の側にとっても楽しくてしょうがない理由は、ここにあります。受講生の発言に対して「良いポイントだね。それはどうしてそう考えるの?」とか質問することで、講師にはさまざまな受講生の具体的な経験、考え方などがどんどん入ってくるのです。正直、IFDPを見ていると「この教授たちはどうしてここまで自分たちのノウハウを惜しげもなく教えてしまうのだろう」と思ってしまうのですが、世界中のさまざまな国のBSから集まった人々にそれを教えることによって、自分たち自身がより多くのものを得られると思うからやっているのでしょう。

というわけで、今日もまたいろいろと勉強になったなあと感じました。