「教授」というお仕事のキャリア設計

ファカルティのキャリア
水曜日はIFDPの実質最終日で、朝から夕方5時までスケジュールがびっしりでした。といってもそれほど1限目は「ケースメソッド以外のティーチングツール」、2限目が「ケースライティング」、3限目がアルムナイの説明。ランチの後は受講者による最後のケースプレゼンテーション、そして「リーダーシップ」の最終回でした。

最終日ということで、教授もあまりカリキュラムをこなすことにこだわるというよりは、会場から出る質問に合わせてクラスを進めていく感じで、これまで議論し足りなかった部分に議論が集まるなど、ためになる話がたくさん出ていました。その中で1つ、改めて深く考えさせられたのが、教授のキャリアという視点の話です。

1限目の「ティーチングツール」のクラスでは、ロールプレイについて議論することになっていました。で、実際にやってみようということになり、受講生の1人が新しいtenure(終身在職権)の審査にかけられることになったという設定で、定年間近の老教授、学部長、事務局長、その教授の所属学科の代表、そしてその受講者のことをかばう教授という5人が審査委員会で話し合う、というシチュエーションです。僕は「所属学科の代表教授」という役割で、ロールプレイに参加しました。

ロールプレイの内容はここでは詳細には触れませんが、クラスの議論を沸騰させるなかなか面白いロールプレイでした。ですが、ここではちょっと別の話を書きたいです。それは、このロールプレイをやる前にクラス内で議論した「フルタイムの教授とは何か?」という定義についてです。

これまでも「ファカルティ・ディベロップメント」のコースで、こうした教授職のキャリアとは何か、どうあるべきか、といった話は聞いていました。その時のバスケスドデロ教授の板書が、上の写真です。

彼曰く、教授職のキャリアとは4段階に分かれます。まずPh.Dを取って学術研究の実績をある程度認められ、助教授(Assistant Professor)にアサインされ、3年ほど教鞭を執ったりさらに研究をしたりして実績を上げます。3年ほどしたら助教授としての実績を評価されたうえで、准教授(Associate Professor)への推挙を受けます(第2段階)。ここまでが助教授になってから5年程度。ここからさらに4〜5年、フルタイム(つまり専任)教授への審査を受けます。これが第3段階。そして助教授就任から10年ぐらいして終身在職権と専任教授のポストを得ます(これが第4段階)。そして、それぞれの段階によって研究・教育・コンサル・マネジメント等の業務の比重が変わってくるべきだ、というのがバスケスドデロ教授の説明でした。

彼の説明によってIESEにおける教授のキャリアはよく分かったのですが、受講生のそれぞれの国、ビジネススクールではどのような状況なのかがあまり聞けていませんでした。昨日のクラスでは、サントマ教授がクラス中の受講生に「あなたのスクールではどう?」と話を振ってくれたので、いろいろな国の教授事情について話を聞くことができました。

【終身在職権は、ビジネススクールで必要なのか?】

議論して分かったのは、まず「フルタイム」あるいは「終身在職権」ということについての定義がものすごくまちまちだということです。フルタイムって何?というサントマ教授の質問に、「Permanent position, no more evaluation(永久的な地位で、それ以降は評価を受けない)」という意見が出た瞬間、それに対して他の受講生から異論が噴出しました。

「フルタイムであっても5年おきに論文の数、他の教授からの評価、受講者からの評価などを集めて評価が行われ、他の教授よりも著しく評価が低い場合はフルタイムからパートタイムに降格が行われる」(ルーマニア)、「フルタイムと言っても、政府の認めた教授と、各大学が認定する教授の2種類がいて、前者は本当のtenureだが後者は企業や大学などのスポンサーがそのポジションに10年程度しかコミットしない」(スウェーデン)など、うちは違うという声が次々と上がります。

一方、「うちの国では今とにかビジネススクールの教授が足りないので、教授として就任した瞬間に終身在職権が保証される」(ブラジル)といったうらやましすぎるお話も出たりと、その状況はまさに国によってさまざまです。

聞いていて思ったのは、「そもそも終身在職権(tenure)って何のためにあるんだろう?」ということでした。文科省2003年に欧米主要国のテニュア制度について調査した結果をまとめたサイトを見ると、「教員の自由な研究活動を保障する」ために作られた制度で、「定年まで」の教員としての「身分を保障する」ということになっています。それ以外の説明は、IESEのバスケスドデロ教授の言うこととだいたい同じですね。つまり、どういうことか?「教員の自由な研究活動」を保障する必要がある場合のみ、終身(場合によっては)定年まで)の「身分」だけが保障されるものであり、給料まで保障するとはどこにも書いてないわけですね。これは一般的な「大学教授」の話です。

では、ビジネススクールでは教授職の何がどこまで保障されるべきなのか?個人的には、ビジネススクールの教授に「時の政権/企業に逆らって、職を賭してでも発表しなければならない学問的成果」というものがあるとは、到底思えません。しかもIESEの教授たちも言うように、高い評価を得るビジネススクール(HBS、IESE、IMDなど)に経営学の学問的な研究などそもそも存在しないのです。ということは、「どんな研究を発表しても職を失うことはない」という保障をする必要は、はっきり言って「ない」ということですね。

それ以外の部分については、上の各国の受講生の言い分を聞いても分かるように、MBAスクール産業における需給バランス、卒業生を採用する企業のニーズ(MBAスクールに実践的な職業訓練を求めるのか理論的補強を求めるのか)、そして教授になってもらいたい人材がビジネススクールに対して他の職種より魅力を感じるにはどうすれば良いかという社会状況、これらの相互関係で決まると言えます。

教授と言えども人間ですから、「経営学が三度の飯より好きで好きで、これさえ教えてかかわっていられるなら霞を食っていてもかまわない」なんていう奇特な人は世の中にほとんど存在しなくて、たいていは「将来収入がなくなっても困らないくらい多額のカネが稼げる」か「将来にわたってある程度の収入が保障される」かどちらかがないと困る/魅力を感じられないわけです。

で、ビジネススクールというのは投資銀行ベンチャーキャピタルのようにディール1本で数十億のフィーが飛び込んでくる商売ではありませんから、やはり「将来にわたって生活が維持できる収入を保障」するけど、その分実際に「中長期的に成果をあげ続け」られるようにがんばってね、という雇用体系にならざるを得ないし、その中で魅力的なインセンティブが提示できれば、それで十分なのではないかと思います。

【「実践的」であり続けるためのキャリア設計】

…と書くと、「なーんだビジネススクールの教授って言っても、普通の企業のサラリーマンと同じ給与体系でいいんじゃん?」と思われる向きもあるかもしれませんが、しかしコトはそう簡単ではありません。普通の企業のサラリーマンと違って、ポテンシャル顧客からの評価が「あの有名な○○教授」「あの××な理論を考え出した△△教授」といった個人に対するreputation(世間の評判)で決まる傾向が多分にあり、また教えるというスキルそのものは属人的かつ組織に属させることができないportable(可般)なものであるため、

  • 雇用されている学校で収入がゼロでも、他の学校で講師をやることによって生計を立てられてしまう
  • reputationという「営業資産」すら、その際に持って行くことができてしまう

という、非常に「売り手(教授)」側の交渉力の強い条件の中でのインセンティブ交渉になってしまうわけです。ビジネススクール側は「いかに自分のスクールのカラーの一部になってくれるか」を教授に期待するわけですが、教授の側は「いかにスクールのカラーから自由で居続けるか」が自分の労働の流動性を高める条件だと思っているので、そこに勝負をかけてきます。したがい、単に「こうこうこういう契約で○年間いくら払うからここにいてくれ」という交渉をするだけでは、教授側に圧倒的に割の良い契約を交わすことになるのは確実です。

欧米のビジネススクールではこうした不利な交渉を挽回するため、教授が在職中に書いたケースはすべてスクール側に著作権(厳密には著作物財産権)を譲渡するとする契約を結んだり、IESEの場合は個人のスター教授を作らず、MBA1年次のコースは教授ではなく学科ごとに品質責任を持たせることで個々の教授のティーチングノウハウを共有させるようにし向けていたりと、いろいろな施策が打たれているわけですが、その中でもやはり見逃せないのが、「ファカルティ・ディベロップメント」という名前の「キャリア設計相談」の機能だと思います。

これは特定の専門担当者がいるわけではないのですが、学科ごとに先輩教授が後輩の教授のキャリア設計についていろいろとアドバイスをするようになっているとのことでした。バスケスドデロ教授のコース自体が、集団キャリア相談みたいなものだったと思うのですが、IESEの場合は教授の業務を「研究」「教育」「学内マネジメント」「コンサル(EPA:学外でのプロフェッショナル活動(External Professional Activities))」の4分野に大きく分けていて、キャリアの4段階ごとにどの分野にどのくらい力を入れさせるか(逆に言うと次のステップへの評価をどのような比重で決めるか)をきちんと決めています。

IESEの教授のキャリア設計で一番問題になるのは、やはり「どこまで実践の経験が積めるか」というところにあるようです。助教授の間はとにかく研究、そして多少の経験を積む程度の教育への関与があればよく、准教授になってからフルタイムになるまでの間の4〜5年間に教育活動とコンサルで成果を出すことが求められるとのことでした。コンサルというのは、個人で仕事を取ってくる場合、学部長や学科の先輩教授などが頼まれた仕事を割り振られる場合とがあるそうです。

一口に「コンサル」といっても、求められる役割は日本と欧米ではかなり違うようですから(欧米は徹底的に正論をロジカルにぶつけることが求められる。日本はクライアントと一緒にどれだけ考え、手を動かし、汗を流したかが求められる)、我々も実践的であるためにコンサルティング活動をやりましょうとは到底言えないのですけれども、ただ良い教授に自分たちのスクールからよそへ移籍しようと考えさせないために、雇用や給与の保障といった「インセンティブ」以外に、やはりその内的なモチベーションとキャリア設計との整合を取ってあげるという機能が大きな役割を果たしていると言えると思います。

日本の大学って、教授職のキャリア設計がものすごくいい加減(研究室の教授の政治力と一存次第。その教授が失脚すると徒弟全員が失業する)な仕組みなので、その意味でも優秀な人材が集まらないようになってるんですね。我々が組織として教授(になる予定の人々)のキャリア設計をきちんとしてあげられる能力を持つことができれば、我々にとっては国内市場だけでなく、グローバルで見ても教授獲得の大きな競争力になるのではないかという気がしました。